琉球武術 -手-


「手」は、沖縄方言で<手首から先の手>のことであるが、元来は武術に限らず『手法』を意味する言葉である。
武術家がこの語を用いる場合は、「…の武術」もしくは、単に「武術」一般を意味する言葉。
なので明治の唐手家たちにとって「手」といえば、単に唐手のことを意味していた。
沖縄手という言葉は、船越義珍の著作に見られる言葉。
船越によれば、明治初期の唐手の古老たちは、中国発祥の武術を唐手(トゥーディー)と呼び、それに対して琉球固有の武術を沖縄手(ウチナーディー)と呼んで区別していた。



■手=沖縄手■

船越は『空手道教範』の中で、「近世支那崇拝熱の高い時代に、数多の武人が支那と往来して支那拳法を稽古し、古来の拳法いわゆる『沖縄手』に之を加味して研究し、短を捨て長を採り、愈々精妙を加えた」と説き、「沖縄手に中国拳法が加わってできたものが唐手であるとの説」を主張している。

また、摩文仁賢和によれば、「唐手(からて)」という呼称は明治34、5年頃(正確には明治38年)学校教育に採用された時につくられたものであり、それ以前の沖縄県の唐手家達は「沖縄拳法のことを単に『テ』と称するのに対して、支那拳法を『トーデ』と称して区別しておりました」と述べている。

沖縄固有の武術の存在については、彼ら以外にも著名な唐手家が自著や新聞紙上でその存在について言及しており、当時の唐手家達にとっては自明であったようである。
最近では「手」を、この唐手以前の沖縄手を指して用いる研究者や空手家が多いようである。


琉球武術 -手-